秋支度
前口上
先日ニットを買った。
こんな暑い中わざわざデパートまで繰り出して、試着用のTシャツまで別途持って行って、我ながら実にご苦労なことだ。
それでも購入したニットをクローゼットにかけてみると、それを着て出かけることとかを想像して、なんだか急に秋が楽しみになってきた。
きっと街には枯れ葉と土の匂いが漂って、誰も彼もが暖かい色を身に纏って、つるべ落としの夕暮れだとか霧雨だとかが一日をうんと短くして、行きもしない小旅行の計画を妙に入念に練ったりして。
そんな浮ついた季節を思い描いていたら、急に秋めいた音楽を探しておきたくなった。
友人に言わせると、秋物は遅くとも夏が終わるまでに買っておかなければならないらしいのだけれど、音楽だってきっと一緒だ。
急に朝の空気が冷たくなったって聴けるような頼もしいアルバムが数枚、音楽プレイヤーに入っていると安心できる。
そんな「秋に聴きたい」アルバムをライブラリから探していると二枚ほどヒットしたので、是非ご紹介したい。
The Marías - Superclean Vol. I
LA発のバンドThe Maríasが昨年秋デジタル限定でリリースしたEP、Superclean Vol. I。
EPの冒頭を飾るI don't know youのギターの一音から、すでにもうクラクラしてしまう。
そして追い打ちをかけるように、そっと触れるかのような繊細さで歌いだすMaria Zardoyaのヴォイス。
勿論、この手のベースラインの太い、メロウなサウンドを売りにしたネオソウルバンドに関していえば、Hiatus KaiyoteやMoonchildなど枚挙にいとまがない。
しかしThe Maríasに唯一無二の個性を与えているのはやはり彼女の歌声に違いなく、その歌声ゆえにこのEPが秋にピッタリだとは言えないだろうか。
彼女の歌声は催眠的で愁いを帯びているが、それでいてポップな、抜け目のない明るさを内包している。
明暗のバランスが絶妙だからこそ、雨が降ったり予想外に日暮れが早かったりする秋の、ひっそりとした閉鎖的な愉しみに花を添えてくれる。
これが極端に感傷的だったり、底抜けに明るかったりすれば、きっとマッチはしないだろう。
アンビバレントな色合いを生み出す彼女たちにしかできない、「秋」を限りなくオーディブルにした妙技だと、僕は勝手に思っている。
そんなThe Maríasの真価は、アルバムのロー~ミドルテンポのナンバー、具体的に言えばI like it(6:27)やOnly in My Dreams(9:50)で発揮されている。
サイケな音の中に宿る暖かさが、ちょっと肌寒くなってきた秋口に飛び切り合うのだ。
無論、ボーカルだけが彼女たちの持ち味ではない。
酩酊しそうなギターリフ、冒頭でも触れた骨太のリズム隊、随所に薫るブルージーさ。
どれをとっても非常にクオリティが高く、死角の無い布陣だ。
特にBasta Ya(3:30)に挿入されるブラスは、聴いた時の多幸感がすさまじい。
このバンド隊のサウンドもまたMariaの声と同じくどこか蠱惑的で、秋が恋しくなること請け合いである。
そしてこのEPのトリを飾るDéjate Llevar(15:17)ときたら!
催眠的で甘美なその音色は、このEPの魅力を最後に全て盛り込んだと言わんばかり。
トータルで20分足らずの本EPだが、晴れた日も雨の日も、コンディションを選ばず秋をコーディネートしてくれる名盤なのは間違いない。
まずはこの6曲をプレイヤーに入れて、秋のしっとりとした雰囲気を楽しみたいところだ。
(※以下余談)
このEPを紹介するにあたりちょうど良く本人達が聴きながらワイワイするフル動画があったので使ったが、この映像がまたえも言われず素晴らしい。
アップテンポな曲になるとワイワイ踊り出すのが素敵だし、何より犬がうろうろしているのが良い、とても良い。
全然今回のテーマと関係なくこの動画だけでべらべら喋ってしまいそうだけど、ブログの雰囲気がだいぶ明後日の方向に行ってしまいそうで怖いのでこのあたりで一度筆を置きたい。
何が言いたいかというととにかく犬が良い。とても良い。
Andre Solomko - Le Polaroïd
2枚目は北欧フィンランドのサックス奏者、Andre Solomkoの2ndアルバム、Le Polaroïd。
もはや添付の動画を流していただくだけで言葉など必要ない気がしてくる、それほどの官能的なサウンド。
英詩人、ジョン・キーツはオード、秋に寄す(To Autumn)にて秋の情景を「霧が漂う豊かな実りの季節(Season of mists and mellow fruitfulness)」と表現したが、ソロンコの生み出す音像は、まさにキーツの言わんとする秋そのものではないだろうか。
まず語らずにはいられないのは、その糖度の高い、鼓膜に甘く絡みつくボーカルだろう。
それはまるで熟成の効いたシェリー酒のような、一口含むだけで頭の奥の奥まで溶かされてしまう麻薬的な味わいに近いものがある。
そんな危険なほどに濃縮された歌声を聴くのは、爽やかな春や夏でもなければ、落ち着きすぎた冬でもない。
そう、秋じゃなければならないのだ。
そんなメロメロのボーカルと双璧を為しているのが、彼自身が紡ぎ出すサックスの音色だ。
本アルバムラストを飾るTeasing Youのインストルメンタル版は、ボーカルパートを全てサックスに置き換えたナンバーだが、それがボーカル版に負けず劣らずメロウで、かつ非常にスモーキーな音を鳴らしている。
ボーカルをシェリー酒と喩えたが、言うなればこれはスコッチのそれに近い。
すっと鼻を抜けるピート香のような、余韻を残す演奏。
上記に紹介したタイトル曲Le Polaroïdでも、その味わいは存分に堪能できる。
これもまた、秋の乾いた風と共に楽しみたい由縁の一つと言えよう。
The Marías同様、バンド隊もソロンコ作品を語るうえで不可欠な要素だ。
特にアルバム1曲目Teasing Youはスモーキーに嘶くサックスがボーカルと絡んで抜群のハーモニーを生み出している中に生音のピアノも合わさることによって、ほとんどモダンジャズのような様相を呈している。
3曲目Paraphraserや6曲目Afternoon With Stiinaなどはギターのカッティングも心地よく、濃厚なトラックながら耳当たりは適度に軽い。
これだけ隙の無い完成度、そして往年のAORを換骨奪胎したユニーク性の高いトラックメーキング。
盤石な音の素地が出来上がっているからこそ、あれほどに甘美なボーカルやサックスが乗っても曲が崩れないし薄まらない。
繰り返しとなってしまうが、こっくりとしたカスタードのようなこのアルバム、やはり聴くには秋しかない。
The Maríasと同じくこちらも秋全体を通して聴いていたい一枚だが、自分としてはすっきりと晴れた日に聴くことをオススメしたい。
更にニッチなことを言ってしまうと、秋の京都・鎌倉散策のお供になんかしてみると、万事捗ること間違いなしだと思う。
秋の街並みをひと際鮮やかに彩ってくれる、そんなポテンシャルがこの一枚には宿っている、僕はそう確信している。
(※以下余談)
そんな北欧AORの雄、アンドレ・ソロンコだが、なんとこの夏3rdアルバム、Le Deltaplaneを発表した。
新ボーカルを据えて出された本作は1stからのソロンコの系譜を丹念に踏襲しながら、夏のバカンスにぴったりの爽やかな仕上がり。
まだまだ暑い日の続く今のうちにチェックしておかれたい。
結びに
大変主観の混じったレビューではあるが、これら二枚が入っていれば今年の秋が待ち遠しくなることは間違いない、はず、おそらく。
前回の独り言のような記事から早半年が経過していたことに驚きが隠せないが、そろそろ音楽レビューとしての本ブログを本格始動していきたい。
(というかそろそろ文体を統一したい)
それでは皆様、暑い日が続きますが抜かりの無い秋支度をしていきましょう。